神保町ミュージアムVol.5 レスプリ・ヌーヴォー
王女とジャーナリストの短くも鮮烈な恋を描いた不朽の名作『ローマの休日』、“サブリナパンツ”と呼ばれるふくらはぎ丈のカジュアル・パンツを世界中で大流行させた『麗しのサブリナ』、大都会ニューヨークを舞台に自由奔放な女性を活き活きと演じた『ティファニーで朝食を』、下町のおてんば花売り娘が優雅なレディに変身する『マイ・フェア・レディ』、サスペンス映画の最高峰『シャレード』などなど……。
映画史に残る数々のヒット作に主演したオードリー・ヘップバーン。この20世紀を代表する大女優を、“その時代の記憶”とともに鮮明に思い出させてくれるポスターやパンフレットは、眺めているだけでも楽しい貴重な文化遺産だ。
虔十書林の多田一久さん
現代人のポピュラーな娯楽といえば、すぐに思い浮かぶのが映画に代表されるエンターテインメントの鑑賞。最新のロードショー作品を観に映画館に足を運ぶもよし、名画座と呼ばれる二番館・三番館で二本立てを楽しみむのもまたよし……。まだ自分が生まれていない頃の映画を観て、その時代に思いを馳せるのも一興だ。映画関連の書籍やグッズを幅広く扱う、虔十書林の多田一久さんは語る。
「映画はその時代を映す鏡のようなもの。まったく自分の知らない昔の作品でも、どこか“懐かしさ”を感じたりするんです。不思議な話ですが、ノスタルジーというのかな。古き良き時代への憧憬ですね。だから、映画のパンフレットやポスターは、ただ単に作品の良し悪しではなく、その時代を含む“文化の記憶”といっても過言ではないと思います」
その時代しか持ちえなかった“光と影”、そしてストーリーに込められた作り手のメッセージ。ひとつの映画、ひとりの監督、あるいは役者に惚れるということは、そうしたすべての事柄を体内に入れることなのだろう。
我々にとっては当たり前の存在になっているプログラム。じつはこれ、日本だけの文化だったことをご存知だろうか。
「ときどき海外からのお客様もいらっしゃいますが、まず驚くのはプログラムです。日本以外の国ではほとんど製作されていないんですね。だから最初はちょっと不思議そうな感じで眺めています。なにしろポスターと同じく高価なものもありますから。なかには外国人のコレクターもいますが、こういった方は本当のマニアなのでしょう」
ちなみにこのプログラム。今でこそ全国で同じものが販売されることが多いが、以前は上映先により写真が入れ替えられていることもあった。
「新作映画を一番先にロードショー公開するのが、文字通り一番館です。だから、ここで販売されたプログラムがいわゆるコレクションの本命で、高値で取引されることが多い。東京では『スバル座』『日比谷映画劇場』『東京劇場』『スカラ座』『ピカデリー』『有楽座』『ニュー東京』『丸の内東宝』『帝劇』『みゆき座』『テアトル東京』『松竹セントラル』など……、まあ挙げていったらキリがありませんが(笑)。このあたりの古いもの、名作ものが残っていたら、お宝の可能性がありますよ」
SFやホラー等は同時にいくつもの映画館で封切りされることが多く、それぞれに違うプログラムが作られる場合もある。たとえば、1954年に製作された古典的名作『大アマゾンの半魚人』は、なんと4つのバージョンが確認されているとか。
人々を魅了し続けるシネマの世界、そしてそれを彩るグッズの数々。ここ虔十書林には、お土産感覚で気軽に買える100円のチラシも置いてあるので、ブラリと遊びに来てほしいと、多田さんは語る。
「好きな映画や役者さんができると、関連グッズを集めたくなるもの。はじめはチラシなどの安くて手軽なものから入って、徐々にコレクションしていくのがよろしいかと思います。じっくり時間をかけてコツコツ集めるのが楽しむコツ。私もコツコツ仕入れてご協力いたしますよ(笑)」
▲ 『昼下がりの情事』(9万円)と『シャレード』(5000円)。
ポスターも値段はさまざま。
▲ 『007は殺しの番号』のミニチラシ。
名刺サイズの大きさで、ジェームス・ボンドが持っているという“殺人許可証”の文字があしらわれている珍品。
▲ 『野良犬』(8万円)、『椿三十郎』(2万5000円)、『羅生門』(12万円)、『用心棒』(2万5000円)。“世界のクロサワ”はコレクターにも大人気。
▲ 黒沢・小津とならび日本の三大巨匠に数えられる成瀬巳喜男監督作品。
『女の座』(1万5000円)、『放浪記』(1万円)。
駿河台下の交差点からほど近い、映画関連書籍・グッズのスペシャリスト。そのほか、近代文学、サブカルチャー、美術といった書籍も。映画のプログラムは年代別、監督別、出演者別など、さまざまな角度から探すことができるほど充実している。
詳しくはこちら