神保町ミュージアムVol.3 百鬼夜行
見るからに怖そうな餓鬼や物の怪から、どことなくユーモラスなタッチのお化けまで。じつに多彩な妖怪を極彩色で活き活きと描く『百鬼夜行絵巻』。もともと室町時代に成立した原典が、模写によって世間に広まると、時代を経てさまざまな新しい妖怪が描き足されていった。
そして幕末期の筆となるこの作品には、じつにコミカルで楽しい妖怪たちがズラリと並んでいる。まさに日本人の想像力の結晶であり、脈々と受け継がれたアートであり、隆盛を誇るコミックの原点でもある。
それが百鬼夜行絵巻だ。
大屋書房の纐纈久里さん
妖怪とひとくちに言ってもその形はさまざま。とくに、この『百鬼夜行絵巻』には、鍋釜や家具の類がモチーフになっているものが多い。妖怪に関する文献や書画を集める大屋書房の纐纈久里さんにそのわけを尋ねてみると…。
「付喪(つくも)神という言葉があります。これは九十九という数字が由来で、どんな物でも99年も経つと魂が宿るという発想からきたものです」
以前は古くなった家財道具を“魂が宿る”として捨てていた。それを不服とする彼らが、妖怪となり夜中にデモ行進をしている図ということ。なんとユニークな発想だろう。
「つまり、昔の人はそれだけ物を大切にしていたんですね。使い捨て時代の今では、妖怪になりようがないかもしれません」と久里さんは少し寂しげに語る。
そう、古書店こそ古き良きものを大切に伝えていくのが生業なのだ。
冒頭で妖怪を“日本が誇るアート”と表現したのを、少々大げさだと感じる方もいるはず。しかし、これは誇大表現でもなんでもない。前述の久里さんは語る。
「06年、パリで日本の妖怪をとりあげた展覧会があったんです。そのときは当店にも依頼があって出展いたしました。海外でも評価されていると実感したうれしい瞬間ですね」
以来、久里さんの妖怪に賭ける情熱はさらに高まったに違いない。ここに紹介している希少な妖怪ものも、大屋書房においてある商品のごくごく一部だ。
「まだまだ見てもらいたいものがたくさんあります。とくに若い人たちに鑑賞していただく機会を作りたいですね」
古書に携わってもっとも大切なことは何かと久里さんに尋ねると、即座にこんな答えが返ってきた。
「本物を見ること。これに尽きます」
文字や文学作品の勉強は机の上でできる。しかし、揺るぎない審美眼を磨くには、自分の目で直に古書や絵画を見るしかない。まさに『百聞は一見にしかず』。
「子供の頃から父に連れられて、よく博物館や美術展に行っていました。朝早くから出かけるので、ときには眠い目をこすりながら(笑)。でも、この経験がどれほど仕事に役立っているかわかりません。もちろん今でも珍しいものがあれば、どこへでも見に行きます」
『百鬼夜行絵巻』をはじめとする貴重な妖怪コレクション以外にも、江戸時代に出版されたあらゆるジャンルのものを扱っている大屋書房。読者の皆さんもぜひ“本物”を見に、神保町へ足を運んでみてはいかがだろうか。
▲『妖怪十六むさし』
駒に妖怪が描かれた、文化・文政頃に流行したボードゲーム。遊び方は不明なので、もし知っている方がいたら、ぜひナビブラ編集部にご一報を。
▲『志ん板かはりうつしゑ』
ポチ袋に鮮やかな色彩で描かれているのは、どこかユーモラスで愛嬌のある妖怪。「いないいないばぁ」をするダルマが可愛い!
▲『霜夜星』
江戸時代になると小説や戯曲にも妖怪が登場するようになった。こちらは柳亭種彦の筆による怪談話で、大迫力の挿絵は、なんとあの葛飾北斎が担当!
駿河台の交差点からほど近く、北斎の赤富士をモチーフにした看板でおなじみ。有名な妖怪コレクションはもとより、文学、歴史、地理、美術、書道、華道、茶道、武道などなど、幅広いジャンルの古書が揃っている。浮世絵や古地図等も豊富。江戸時代に出版されたものを探すなら、まずここへ来るべし!