神保町ミュージアムVol.5 レスプリ・ヌーヴォー
建築を志したことのある者なら誰もがその名を知るル・コルビュジエ。パリ、バルセロナ、リオデジャネイロなどの都市計画に携わり、国際連合本部ビルやロンシャンの礼拝堂、東京国立西洋美術館といった数々の建築物を手がけた20世紀最高峰の建築家で、フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと並んで“近代建築の三大巨匠”と呼ばれている。
『レスプリ・ヌーヴォー』(L'esprit Nouveau)は、1920年にコルビュジエが詩人や画家とともに創刊した雑誌。内容は建築や工芸、都市計画、絵画など多岐にわたり、いわばアートの総合誌といったところ。ちなみにコルビュジエという呼称は本名ではなく、本誌に寄稿する頃から名乗りはじめたとのこと。1925年まで全28巻が発行され、全巻がこのように良好な保存状態で残っているのは、発行元のフランス本国でも極めて珍しい。
現代建築に多大な影響を与えた名匠が、20代の若き日々に書き残した素晴らしいアイディアの数々。コルビュジエの “青春の息吹き”を感じつつ、じっくりとページをめくりたい。
南洋堂書房の荒田哲史さん
近代建築史を語るとき必ず避けては通れない巨匠ル・コルビュジエ。しかし、並び評される旧帝国ホテルの設計で名高いフランク・ロイド・ライト、あるいはその一世代前に活躍したアントニオ・ガウディに比べると、やや地味な印象を受けるのはなぜだろうか。新刊・古書を問わず、あらゆる種類の建築書を扱う南洋堂書店・荒田哲史さんの話を聞いてみる。
「たしかにインパクトに欠けるかもしれません。でも、それには大きな理由があります。じつは、現代の建築物の多くがコルビュジエの影響を受けているんですね。いわば、あまりにもスタンダードになりすぎた。だから逆に個性が見えなくなっているだけなんです」
そう言いながら荒田さんが見せてくれたのが、1926年に行われた設計コンペの入選作を集めた、『国際連盟会館設計懸賞競技当選図案集』だ。
「ギリシャ神殿を思わせる旧態然としたデザインが多数を占めるなか、コルビュジエが提案した設計図がいかに斬新だったか。今、我々の周りにある建物となんら変わりないでしょう。とても80年前のものとは思えません」
鉄筋コンクリートの効果を利用し、住居としての機能を最大限に引き出したモダニズム建築。そして、高層ビルが立ち並び、それを縫うように公園や緑地が点在する近代都市。これは、すべてコルビュジエが思い描いた“未来予想図”なのである。そう、我々はまさに彼の“掌の上”で生活しているといっても過言ではないのだ。
偉大なコルビュジエの遺した書物のなかでも、とくに珍しい『レスプリ・ヌーヴォー』の全巻コンプリート。この極めて貴重なコレクションは、もちろん海を渡ってやってきたのだが、その経緯は……。
「建築関係の古書を扱う者として、どうしても手元に置きたかったんです。でも、やはりどこを探しても見つかりません。それでパリの古書店にいくつか声をかけて、じっと待っていたんですよ。そうしたら5年後、すっかりあきらめていた頃に連絡が入りました。いや、よく覚えていてくれました」
憧れの古書を手に入れたい一心で、海外に何度もメッセージを送った日本の古書店主。長い年月をかけてそれに応えたフランスの古書店主。コルビュジエはパリと東京をとびきりの“古書店気質”でつなげてくれた。このエピソードを聞いただけでも、しばしば神保町がカルチェ・ラタンに例えられる理由の一端が分かろうというものだ。
最後に、荒田さんから読者の皆さんへのメッセージを。
「サイズが大きいので意識しないことも多いと思いますが、建築は皆さんのもっとも身近にあるアートです。ですから、少しだけ好奇心を持っていろいろな建物を見てください。きっと街歩きが楽しくなりますよ」
▲ 『国際連盟会館設計懸賞競技当選図案集』
1926年、三光会/編。 ジュネーヴ国際連盟会館の設計コンペティションに
おける優秀作品を集めた図案集。コルビュジエの作品は、選に入ったが惜しくも
採用されなかった
▲ エクスナレッジムック(新刊書)2520円
ル・コルビュジエのすべてを多彩な角度から見つめた好著。
見やすく、読みやすく、分りやすい、入門書としても最適な一冊。
▲ 南洋堂書店が製作したオリジナルの建築家トランプ
絵札はライト、丹下健三、安藤忠雄といった日本ゆかりの
巨匠がモデルになっている。大好評につき完売。
シリーズ第2弾に期待!
駿河台下の交差点付近にあり、“ビルそのものがアート”といわれる名物書店。こじんまりとした空間を最大限に生かしたモダンで洒脱な作りは、さすが建築書のスペシャリスト。和書、洋書、新刊書、古書など、幅広い品揃えが特徴。